私たちの明日

前回の話の延長線。


「生きている意味が分からない」
「楽しみがない」
という話を、職場の穏やかな昼下がりに投下した。わりと堂々と「もう生きる必要もない」というところまで宣言した。

家庭を持たない年齢層の近い人たちばかりがいる日だったからか、わりと共感を得た。休みの日は暇すぎてろくでもないことを考える。私たちはずっとこのまま、この生活のなかで徐々に弱って死んでいくのだ。こんななかで、どうしても長生きはしたくない。

仕事しかしていない。かといって仕事以外にすることがない。でも仕事が好きなわけではない。守りたいものもない。私たちには何もない。

暇すぎるのがよくない。仕事が終わってから仕事が始まるまで、果てしなく暇なのだ。とにかく暇なのだ。信号待ちの時間でさえも暇なのだ。

きっと考えてはいけないことを考えている。

仕事を辞めたら暇すぎて病むかもしれない。
たくさんのことを選んできたけれど、この選択が正しかったのだと思える日が果たして来るのか。

こんなに寂しいのに、眠れなくなるくらい悲しいのに、結局こんなことでは死なないという事実に途方に暮れている。
どうにかやり過ごすなんて無理だ。みんなそんなもんだと言われても私には無理だ。
この悲しみと絶縁したい。


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なんだかもう生きつくした。

もうそろそろ生きなくてもいいかな。

これからの人生に楽しみがひとつもない。例えば、行ったことのない場所や国に行くこと、美味しいものを食べることは確かに楽しみになる。でもそーゆうんじゃないんだよな。そーゆうのは別に必要ないんだよな。ないよりはあったほうがいいのかもしれないけれど、それが生きる目的にはならない。

他には例えば、結婚して家庭を持つとか。それこそ想像だにできない。むしろ楽しみではない。やっぱり向いてないんだと心底思う。

もうそろそろ生きなくていいんだ。

今日の空は青いなーっていうのと同じような軽さで死んでもいいかなーって思ってる。

仕事辞めたら旅に出たい。こんな時期に難しそうだけど。


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「とーとさんて旅に出たらもう二度と帰ってこなさそうですよね」

そうだったらいいのにね。

大好きな雲の上

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感染予防のアクリル板のせいで、ドリップコーヒーを注文したのにスターバックスラテを渡されるくらいには店員さんと意志疎通が困難。
私の声も相手に届かないし、店員さんの声も私の耳には届かない。仕方がないので甘んじて初めましてのラテを味わう。悪くない。

私は声があまり大きくないから、本当によく聞き返される。たまに筆談したいなって思う。
いつまで続くの?たぶんずっと。
もうみんな一蘭形式にしちゃえばいいじゃない。


さて、最近の仕事の忙しさが普通じゃない。ご飯を食べる暇もないくらいにバタバタしている。夜遅く帰って、明日も出勤か…なんて、これが大人か。朝はNHKのニュースを見ながら過ごす。アナウンサーはもう働いている、私も働かないと、と自分を鼓舞する。12時間職場にいるなんて普通だ。文句を言っても仕方ないのだけれど。

コーヒーでも飲んで一息つく。

ゴジラVSコングを見てきた。ううーん、実は予告を見ててもあまり面白そうには感じてなかった。感想もそのまんまというか。公開中だから詳しくは言わないけれど。先の展開が気になるドキドキもなかったし。ただただ街がめちゃくちゃにされてる映画だった。前作は登場人物に関してもお互いの信頼感とか人間関係とかとても魅力的な要素だったけど、今回は人間はおまけみたいに関係が希薄だった。唯一あの3人組は面白かったけれど。しかしマディソン大きくなったなあ。あとコングはほぼ人間。表情があるとこんなに人間ぽくなるもんなんだ。
そしてゴジラかわいい。


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ところで、私が子どもの頃は映画の上映時間は新聞で調べていた。今でも載ってるのかな、とふと疑問に思う。とはいえ新聞は取っていないから見ようがない。映画館も指定席なんてなかった。だから劇場から出さえしなければ何回でもその映画を見られた。途中から入ってエンディングまで見て、オープニングから自分が見始めたところまでいる、とか普通にしてた。立ち見も経験あるし、ふと思い出して懐かしくなった。