そんなことは言われなくてもわかってる

頑張らないことは悪だ、という風潮が嫌いだ。
私は省エネタイプだから、できる限りエネルギーは使いたくない。でもやっぱり頑張ってる人の方がえらいんだよね。それはわかるけど、だからって、頑張ってない奴は駄目だみたいな目を向けられるのは心外だ。頑張らなきゃいけないときには、ちゃんと頑張ってる。


どうやら私には発熱機能が備わってないようだ。
以前テレビで、寝るときには湯たんぽや暖房、電気毛布などの外部からの熱を受けると自分で自分の体を温かくする機能が低下すると、嘘か本当か知らないけれどしていた。私はそれを信じて、今年は湯たんぽを使っていなかった。でも足が冷たすぎて入眠困難。やっと眠れて起きたときも、まだ足が冷たい。どういうことだ。
仕方がないから、レンジでチンの湯たんぽを使い始めたら快適すぎた。
という話をしたら「死者ですか」と言われた。


書いたこととは全然違うことだけれど、
週末にかけて、相変わらずの打たれ弱さに参ってる。

ひとり安心。ひとり安全。ひとり快適。

あの人と仲がいいとか思われたくないな

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もっと単純に軽蔑できればいいのだけれど、私の中の薄っぺらい良心がそれを許さない。

この場所に来ている間に、他人に関心がないことに気づいた。本当はずっと前から知っていたけど、改めて実感した。どうやっても他人に関心が持てない。そんな話をすると「そんなことないでしょ」と言われることのほうが多いけど、「わかる。私もそうだと気づいた。遅いんだけどね」と言ってくれる人がいて、こっちの方がずっと嬉しいなと思った。あれやこれや「なんにも向いてないんだ」という話をすると、彼女は「きっと向いてる人なんていない」と言った。私はそうは思わなかったけれど、きっと彼女も向いていないと感じているのだと思った。

「こんなこと、とっととやめて、こんなとこ離れて、苦しくない方に進めばいいよ。私もそうするし。全然悪いことなんかじゃない」

本当にそうしようと思った。


関心は大事な人にだけ向けておけばいい。

関心がある振りをすることにも結構慣れた。
きっと、振りなんてバレてるんだろうなあ。でも振りするだけえらいよなあ、私たち。

振り出しに戻りたい

彼女が「もうあと2か月しかこの土地にはいないから、今のうちにここの美味しいもの全部食べとくんだ」と言って笑った。
けど今日の報告は「あまり美味しくなかった」だった。今度は一緒に違うところに行こう。

それぞれの道に進むことはいいことだけれど、やっぱり寂しいなあ。
でもここに留まる人も多くいて、それはそれでなんとなく鬱陶しかったりするのだ。

誰も私のことをまるきり何も知らないところで、またはじめから歩き出せたらいいのに。
この場所では十分に評価が下されてるから、息がしづらいや。

ずっと「つづき」っていう感じで、途切れることなく区切りもなく、惰性で続いていきそうな感じがしてこわい。

たまにはリセットしたい。

安心できて穏やかに過ごせる場所なんて夢の中だけなんだな。

ときどき会うくらいが、きっとちょうど良い。