つみほろぼし

蝉時雨のうるさい午前、神社へお参りへ行った。有名な神社ではないから参道や境内は閑散としたものだ。蒸されているように感じる日差しの中、やけにゆっくりと参道を歩く。順番待ちなどせずに賽銭箱の前までたどり着き、財布から五円玉を出す。もちろんご縁があるようにだ。人でも出来事でも物でもなんでもいい。とにかく良いご縁を恵んでくれ。そんな気持ちで小銭を投げ入れ、手を合わせて一心に祈る。完全に神社の作法は忘れていた。きっと第三者には、やけに熱心にお参りしている女だと思われているに違いない。神様に届けと祈りきってから顔をあげて社に背を向けた。バチッ。そんな音がしそうなくらい、振り返った瞬間にばっちりとおじいさんと目が合う。にこにことまるで好好爺のようだ。

「やけに真剣に参っていたね」
「はあ、まあ」
「なにを参ってたのかな」
「いいことがありますように、ですかね」

暑すぎて一刻も早く帰りたい私の気持ちを全く無視しておじいさんは続ける。

「いいことがないのかな」
「ええ、まあ、いいこともないですし、悪いこともないです」
「悪いことがないのはいいことではないのかな」
「そういえばそうなのかもしれません、でもちょっと違うんです」
「どう違うのかな」
「言葉で説明するのは難しいですが、跳び跳ねるような良いことを待っているんです」

きっとおじいさんはやけに熱心にお参りをする女を憐れに思ったに違いない。だから悩みでも聞いてやろうと。憐れに思うならどうかこの蒸し暑さの中、引き留めるのをやめてほしい。

「きっとさみしいんだね」

なんてことを言うの。
このまま話を聞いていたら、寂しいのは永遠だよとか言い出しそうだったから、寂しいわけではないと全力で否定して逃げるように立ち去った。寂しいわけがない。認めない。口に出したら本当になってしまいそうだ。寂しくない。ただ楽しみがほしいだけ。


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