読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

流れ星を見た。

初めて本物を見たけど、思ってたのと全然違った。結構長いこと流れてて、飛行機よりも明るかった。流れ星っていうか、普通に隕石かと思った。途中で燃え尽きたのがわかった。炎まで見えた(気がした)。地上に辿りつけなければ流れ星。

あれだと願い事3回唱えられそう。私は呆然としてたけど。

流星群てあんなのが頻繁に流れるの?それって美しいの?

12月8日の午後7時15分頃、やや北の空、誰か見ましたか。

 

---

 

情緒不安定にもほどがある。人と話してた次の瞬間には何も話せなくなったり、何処でも涙が出てきたり。

死ぬ場所を探しに出掛けて、死ぬ方法をたくさん考えて(そこそこいい方法に辿りついた)、遺書まで書いたのに。

それでもまだ、残念ながら生きている。

 

相変わらず自分が今どこにいて、これからどこへ行くのかさっぱりわからない。何を頑張ってるのかもわからない。専門学校を目指してるというのにこんなことでいいのか。だけど今が一番迷子。何が私にとって一番よい道なのかをずっと考えてる。これからは試練だから考えてる道はどれも辛いけれど、その中でどの道なら歩けそうかを考えてる。周りの人から見た私の一番と私にとっての私の一番はたぶん違う。周りの人のことを考えれば私には違う気がするし、私のことを優先して考えれば周りとは違ってくる。金銭、生活、環境、将来、何を優先すればいいのか。私のことを私の立場から悩んでくれる人は残念ながらこの世界にはいない。だからひとりで考える。悪いけど周りのことを考えている余裕はない。周りもそうなのでしょう。お互い様。

この間のヒステリーでの落胆から立ち直れず、少し投げやり気味で勉強もせずに1日中食べ歩いたり、知らない街でブラブラしたり、ジグソーパズルを求め彷徨ったり、何してるんだか。それが1週間くらい続いてる。

しかし立ち直れないのですよ、私はまだ。なんていうか、勝手に思い込んでただけなのに裏切られたという気持ちが居座ってる。そういえばこういうのよくある。自分の中で勝手に他人をつくっちゃ駄目だよ。美化したちゃ駄目だよ。自分に陥れられる。

 

不思議なことに、死のうと決めたら楽になる。これが大いなる慰め。ああ、もう死ねる。私には死んでもいいくらいの理由がある。死ぬ方法もある。いつでも死ねる。いつでも死ねるから少し安心する。仕方がないからもっと死にそうになるまでもう少し生きてみようかと思えてくる。

あの本の内容を思い出した。死ぬ間際とは安心するものなのかもしれない。死は安らぎでしかない。死があってよかった。終わりって素晴らしい。経験したことないけど。すべてとお別れできることは救いだし、別れた世界は私には関係ない。

愛犬に会いたい。彼にはしばらく会いに行っていない。

 

ずっとひとりで過ごしてるとすべて幻のような気になる。私が今歩いてる道も今日食べたものも全部嘘だったんじゃないかと。私なんて本当は存在してないかもしれない。

誰も知らない事実は事実じゃない。宇宙の端っこみたいな感じ。嘘も本当もない。

 

---

 

先日祖母が亡くなって、お葬式やら何やらが流れるように過ぎる。お葬式は私は何もしてないくせにものすごく大変だと毎回思い知る。人が死ぬと大変なのだ。これでは遺族が悲しんでる暇などない。

会いたい人に会いにいくといい。

 

12月とは思えない暖かい日が続きますね。もう少しこの暖かさが続いてほしいです。